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福岡高等裁判所 昭和49年(く)33号 決定

被告人 岩永安男

主文

原決定を取り消す。

理由

本件抗告の趣意は、検察官提出の抗告申立書に記載されたとおりであるから、これを引用し、これに対し次のとおり判断する。

所論は要するに、原決定は本件勾留(原決定で第二勾留と指称)の公訴事実(罪名は有印公文書偽造、同行使、詐欺)は長崎地方裁判所裁判官が発した昭和四八年一〇月三〇日付勾留状による勾留(原決定で第一勾留と指称)の公訴事実(罪名公印偽造)と実体法上、一罪の関係にあるので、一罪一勾留の原則に反するとして勾留の取消を行つたことは法令の解釈適用を誤つたものであり、他に勾留の取消しを行うべき理由はないので、原決定は取消しを免れ難い、というのである。

よつて記録にもとづき審案するに、被告人の拘禁状況と訴訟関係を時を追うて概観すると、

一  覚せい剤取締法違反につき昭和四八年一〇月五日逮捕状発付、同月六日付勾留状により勾留、同月一八日長崎地方裁判所に起訴、同裁判所昭和四八年(わ)第二五〇号事件として繋属

二  同月二九日公印偽造、有印公文書偽造、同行使、詐欺、銃砲刀剣類所持等取締法違反につき同裁判所に起訴、同裁判所昭和四八年(わ)第二六〇号事件として繋属、同月三〇日付勾留状により勾留(この勾留を便宜第一勾留と称する。)

三  覚せい剤取締法違反につき同年一一月三〇日同裁判所に起訴、同裁判所昭和四八年(わ)第二九五号事件として繋属

四  有印公文書偽造、同行使につき同年一二月一日同裁判所に起訴、同裁判所昭和四八年(わ)第二九六号事件として繋属(もつとも、この公訴の提起については、起訴状記載の第一、第二、第三、第五、第六、第七の各訴因については、昭和四八年(わ)第二六〇号事件の訴因変更手続として処理されている。)

五  同裁判所は同年一二月三日同裁判所昭和四八年(わ)第二五〇号事件の勾留および同二六〇号事件の勾留(第一の勾留)について、一個の決定により併合して保釈許可、同日身柄釈放

六  有印公文書偽造、同行使、詐欺、銃砲刀剣類所持等取締法違反につき昭和四九年七月二三日付逮捕状発付、同月二七日付勾留状により勾留(便宜第二勾留と称する。)身柄拘束のまま右事件中有印公文書偽造、同行使、詐欺の部分につき、同年八月五日付訴因変更請求書にもとづき、さきに繋属している公印偽造、有印公文書偽造、同行使、詐欺事件の訴因変更請求

七  同月八日同裁判所に暴力行為等処罰に関する法律違反事件起訴、同裁判所昭和四九年(わ)第一七〇号事件として繋属

八  同月一三日有印公文書偽造、同行使等につき訴因変更請求

九  同月一四日同裁判所において第二勾留の取消決定

となつている。

しかして、原決定が第二勾留を取消した理由として掲げるところは、第二勾留の事実は第一勾留の事実と一罪の関係に当るので、第二勾留は一罪一勾留の原則に反することが明らかであるから、刑訴法八七条一項により取消すというのである。

ところで本件の本案である被告事件は数次の起訴と、これに加えて数次にわたる訴因変更手続が行われたため訴訟法律関係は著しく複雑であるけれども、原決定当時においては、第二の勾留の基礎となつている昭和四九年八月五日付訴因変更請求書に記載された各訴因と、既に同裁判所に繋属していた被告事件のうち第一勾留の基礎となつている公印偽造(福岡県教育委員会印の偽造)および偽造にかかる佐賀県教育委員会印、熊本県教育委員会印の使用による各有印公文書偽造、同行使等の各訴因とは牽連犯をふまえたうえ窮極のところ包括して一罪の関係にあるものと考えられるので、第一の勾留と第二の勾留とは、同一の犯罪事実について二個の勾留状が発せられたこととなつていることは、否定し得ないところである。しかるに、一罪につき一勾留を原則とすることは多言を用いるまでもないところであるが、包括一罪の関係にある個々の実行行為が長期に、かつ多数回に亘つて行われた場合でも、実体的には一罪であつて、単一かつ同一の公訴事実に包括されるもので、単純一罪の場合と何等異るところがないようであるけれども、捜査を含む手続の諸断面は、単純一罪の場合と同一視することを許さないもののあることもまた否めないところである。本件の場合のごとく、一罪の一部について勾留が行われ、これについて既に保釈が許可された後、さらに余罪(実質的には一罪の他の部分)が発覚して強制捜査を行う必要がある場合は、逮捕、勾留も許されるものと解するのが相当であり、包括一罪の関係にあるか否かは、捜査を進めた後でなければ明確とならない場合もあり得るのであつて(本件第二の勾留はまさにかような場合に該当するものと考えられる。)、捜査の結果既に勾留処分の行われている被告事件と一罪の関係にあることが判明した後においても一罪一勾留の原則から後の勾留が当然に違法となるものと解するのは相当ではない。蓋し第一の勾留状発付の当時は、第二の勾留の対象となつている事実は未だ全く予測されていなかつたのであり、予測の可能性がなかつた事実についてまで当然に勾留状の効力が及ぶと解することには、理論的にかなりの無理があり、他面かような場合においても一罪一勾留の原則の基本にある、不当な拘束から人権を擁護しようとする理念との調和をはかる上からは慎重な配慮と無理のない運営を必要とすることはいうまでもないところである。従つて、第一の勾留状発付の当時、第二の勾留の対象となつた事実がその一罪性とともに既に判明していて、これについても勾留の請求が可能であつた場合は、第二の勾留を存続せしめる正当な理由は極めて乏しいといわねばならないが、本件の場合のごとく、第一の勾留状発付の際、第二の勾留の対象となつている事実が未だ判明していなかつたため、これについて勾留の請求をなすことは不可能であり、かつ右事実が訴因変更の請求により審判の対象とされた後においても、なお罪証隠滅のおそれや、逃走のおそれがあり、これを予防するためなお身柄拘束の必要性が肯定される特段の事情がある場合は、第二の勾留を存続せしめる必要のあることは否み得ないところであつて、かような場合についてまで、一罪一勾留の原則を貫こうとすることは、かえつて不当な結果を招来することとなり、ひいては実体真実の発見ならびに国家刑罰権の適正迅速な実現の妨げともなりかねないので、かような場合には第二の勾留を存続せしめても、不当な拘束となるものではないというべきであつて、第二の勾留を違法ならしめる理由も早や存在しないといわねばならないからである。福岡高等裁判所昭和四二年三月二四日決定(高等裁判所刑事判例集第二〇巻第二号一一四頁参照)の判旨もかような場合をも考慮したものと解されるところである。

もつとも、第二の勾留を存続せしめることにより一罪につき第一の勾留と第二の勾留と二個の勾留が併存することとなるので、できるだけ一罪一勾留の原則との調和をはかる必要から、第一の勾留の必要性がさ程高いものでなく、第二の勾留により十分に目的を達し得るものと認められる場合は第一の勾留を取消すのが望ましいことはいうまでもないところであろう。

なお、記録を精査しても、他に第二の勾留を取消すべき理由となる事実を発見することはできない。

これを要するに、原決定に法律の解釈適用を誤つた違法があり、取り消しを免れ難い。論旨は理由がある。

よつて本件抗告は理由があるので、刑訴法四二六条二項により原決定を取り消すこととし、主文のとおり決定する。

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